書くかどうか迷っていた話
前提:
・昔はポケモンを真面目にやり込むつもりだった
・やってた間の結果は微妙
・しばらくは真面目にはまったくやっていない。
・最近仕入れた概念が、昔自分がポケモンに取り組んでいた時にも当てはめられると気付いて、当てはめてみた
・そうしたらそもそも努力のやり方が間違っていたという「仮説」に至った
・真面目にやってないので、上記の「仮説」が正しい仮説かどうかまったく検証していない。つまり、大間違いか大正解かの判断基準も判断機会もまったく持たない
・以上より、真偽の怪しいことを紹介しながら過去を述懐するエッセイが本記事である。また、今のポケモンに当てはまるかどうか、自分は興味さえない
・攻略記事でないので、参考にしてゲームへの取り組み方を変えて悪化した人が出るかどうか、興味さえない
・そんなポエムだけど一応自分基準では質が比較的ある反省ができたから、勿体ないから外に書くだけだよ。
真面目にポケモンやることがあるかもしれないと思って温めていた概念でもあるけど、よく考えたらやることがなさそうなので公開。
復帰するとしたら、タマゴ孵化が一個40歩で終わるようになってからだと前から思ってたけど、たぶんそんな日が永遠に来ないことに気づいしてしまったのも大きな公開理由。
今回の記事を書く発端は、原作者をSNSでブロックしている某将棋ラノベ(以下某ラノベ)を読みながら、昔の自分に足りないことに気づいたことである。
ちなみにじぶんは将棋も、題材にしている漫画や小説を読んだり、羽生先生の本を読んだり、短い詰将棋をやったりする程度で、詳しくはない。というか、短い詰め将棋で存外に難しくてこりゃ対人やりこむの無理だと思った。
そのため、本記事で述べる将棋とは実際の将棋ではなく、エンターテイメント用にモデリングされた架空の将棋とべきいうものであることも今述べておく。
このように、最近ポケモンも真面目にやってないし、机上空論率が99%ぐらいなことが書くのをためらっていた大きな理由である。読んで不愉快になる恐れがある人はこの段階で読むのをやめることを推奨する。
本題に戻ると、読みながら感じたことで、将棋のゲーム内は3部に大きく分かれていて、
序盤:事前研究が特に大事
中盤:事前研究を参考にしながら動きつつ、大きくミスをする or かいしんのいちげきが出たら次ステップに動く。飛ばされることもある
終盤:無数のパターンがあり本人の演算能力が特に重要。鮮やかに詰みを見つけて勝つこともあるが、どちらの大きなミスで終わることも多い。
というイメージを自分は持った。
さて、これが実にポケモンに当てはまっていると思ったのである。
序盤:構築、選出、1T目の動き
中盤:3 vs 3 ぐらいになるまでの流れ
終盤:体力、バフ、残りメンツなどのパターンがお互い無数であり、事前に想定しきれない場面。素早さや縛りで鮮やかに詰みで終わることも多いが、そうでないことも多い
と、だいたい同じような対応に至ると気付いたのだ。そして、某ラノベの登場キャラで、「序盤をあえて鍛えないことで終盤力を鍛える」というキャラがいたのを見て、これが自分のポケモンで致命的に足りなかったスタイルだとその場で雷(ポケモンの技ではない)に打たれたようなショックがあった。その内容を記すのが本記事である。
過去に戻ると、序盤、中盤、終盤と3部あると仮定すると、自分のポケモンへの取り組み方は、圧倒的に「序盤」に寄っていたのである。
実例を見る方がわかりやすいので昔の自分の構築で特徴的なのを3つもってくる。
自分の代表構築のようで、じつは他の2つの方がお気に入り。
ただ、思想は今回の記事にぴったり。
2:5世代全国ダブル(確か霊獣解禁後)
自分の構築で一番のお気に入り。序盤、中盤、終盤で一貫したアプローチがとれている例
恐らく良い面と悪い面がはっきりしている、今回の記事の
3:5世代ローテ
これも今回の趣旨の見本のような構築
基本的なアプローチとして、思想が3部のうちで、「序盤」に寄りすぎているのである。ドーブルディアルガなどは、中盤をすっとばして終盤にいくのを狙っている構築であり、思想があまりにも強く出た構築である。もちろん序盤を大事にするのが自分の特技といってしまえばいいのだが、毎回こうではいくらなんでもやりすぎである。
つまり、序盤を詰めるのが好きで得意だから、その影響で中盤や終盤を詰めることが中途半端だった。というのが、大きな反省である。まんべんなく能力を鍛えてから、各種の構築を使うべきだった。
特に終盤力という概念が薄かったのは本当に致命的で、某ラノベのキャラの逆で、「序盤に集中しすぎて終盤力を鍛える機会を失っていた」とまでいえるだろう。自身がその状況に陥っていたことが想起されたからこそ、読書中に電気ショック(ポケモンの技ではない)に打たれたような気持ちになったのである。
ほかにも枚挙にいとまはないが、上で紹介していない自分の思想に突っ込みを入れていくと、
・先制技の強さ ← 強いとは思っていたが、どこで強いかというと、終盤戦、および中盤戦を自分に有利な形で終盤戦に移行させる強さだと認識していたらよりよかった
・一撃技は勝率を上げる技 ← 結論は正しいが、採用することが終盤力を上げることに繋がらない。結果的に採用することはいくらでもあるだろうが、安易に採用せず終盤力をもっと鍛えるべきである
・電磁波の多用 ← 中盤と終盤が苦手なために、補うために電磁波をよく利用していたと今では思える。これも結果的に採用することには問題ないが、採用せずに中盤戦と終盤戦を経験して、全体的な経験値を上げた方が長い目で見てよかった
・中盤で詰みを見つけようとしすぎる ← 頭の使い方が間違っている。中盤戦とはどのような形であるべきか、構築ごとにより整理して動くべきである
・終盤で詰みにこだわりすぎる ← 詰みがないところで詰みを探そうとして、結果として自身が混乱して悪手をうち、終盤で不利を招くことに繋がっていた可能性が高い。明らかな悪手を打たなければ勝てるところかどうかも判断材料に加えるべきだった
・6世代が一番苦手でそこからあまりやらなくなった ← 序盤戦が得意だったんだから、メガガルーラが軸としてコンセンサスだった時代では、序盤戦で優位が築けず、それどころか優位を無理に作ろうとして不利になっていたとまでいえる。ここで、メガガルーラを素直にやりこんで、中盤戦と終盤戦を鍛えようとしなかったのが、7世代以降ほぼ対戦をしていない結果につながっているといまでは思える。これを、自らの取り組み方の悪さから出た必然の結果と捉えられなかったのは大きなミスである
・グループがポケモンをしていたのに、有効活用できていない ← (想像上の)将棋で複数人で研究会をしていたのを見て、基本的な構築に対する序盤の定石、中盤の定石のテンプレ化こそが、数の利を最も生かせる場所であっただろう。一人でポケモンをやっていたわけでもないのに、周囲を巻き込んで動きのテンプレを作ろうという活動があまりできていなかったのは、成長を遅らせる要素として大きかったと予想している。
ただ、もし完全な一人でポケモンをしていたのなら、強い人のグループで作成した定石に勝てるわけないので、(終盤力を鍛える作業もした前提で)、不利な土俵での勝負にならないように序盤に注力するスタイルでよかっただろうとは思える。
逆によかったところ
・昔の記事見たら自分の印象より考えてポケモンしていた。昔の自分の質に負けてはいけないと、(対象がポケモンでなくとも)頭をちゃんと使っていこうと思えた。
・3部モデルの構築にまで至ってなくても、序盤イメージから中盤・終盤の修正を多少は意識している。特に序盤・中盤までの言語化は多少がんばっている(終盤まではできていない)
以上が自分のポケモンへの取り組みへの反省である。とはいえ、今から反省したところで、これからどのように役立てるか難しくも思えている。
せめてこれからに役立つように一般化すると、木を見て森を見ぬにならぬように、物事をフェーズごとにより切り分けて抽象モデル化して扱うスキルを上げていこうとなるだろうか。