わたしは高校生のころ科目ごとになぜこれらを勉強するのか自分なりに納得いく答えを出してから勉強をすることにして、そしてその見解は今もアップデートされることがある。
どこにも文字で溜めてなかったので、いい機会なので溜めておく
まず、なぜ勉強する意義を明確にしたか?というところから。
どちらかというと社会人向けの話で説明しよう。
プロジェクトが開始されてアサインされた。業務内容が明確にされているが、目的が知らされていない。これにアサインされてあなたはどう思うか?
業務内容明確なら目的を教えてくれという感想を当然抱くだろうし、そもそもこんなのにアサインされてもgdgdになることが想像に難くないだろう。
世の中の勉強は、このように目的が明確にされてないプロジェクトへのアサインに、極めて近いことが頻発しているとわたしは捉えている。もし子供が勉強していなくて腹が立ったことがある保護者がこれを読んでいたら、自分が目的が明確じゃないプロジェクトにアサインされたときを思い出してほしい。
次にビジネスのプロジェクトの目的だが、大きく分けて2項目になるだろう。
1. ビジネス的な利益
2. 社会貢献
これを勉強の目的に落とし込むと、
1.ビジネス的な利益
は、
1. 学歴向上における利益、専門職につけるだけのスキルセットの習得
2.社会貢献
は、自身への貢献ということで、
2. 勉強したことによる自身の内面の成長
になると一旦考えて先に進める。
この2面から目的について議論を進めることにする。
1. 学歴向上における利益、について
自分が学部院ともに東大だからバイアスはややかかっている可能性が非常に高いが、受験勉強より生涯利益をコスパよく増やす方法はなかったと断言できる。これだけで勉強やる理由に十分あるが、将来得をするというだけでは学生・生徒には響かないかもしれない。学歴ごとの生涯年収のグラフなど、実データがいろいろあるはずなので、必要なら適宜データを利用するといいだろう。
1.専門性、について
こちらは主に大学生が該当する話。専門職というのも20年程前に比べて日本でも一般的な概念になっているとわたしは感じており、身に着けることのインセンティブが上昇傾向にあると感じているものである。
専門知識は大きく、
・土台となる理論的な理解
・運用する応用的な理解
の2つにわかれると解釈しており、大学生が主に身に着けるべきなのは、理論的な理解であるとわたしは考えている。ここは人によって異論があるかもしれない。
なぜかというと、応用的な理解は働いてから身に着ける方が圧倒的に効率がよいので、実務に関わってない人に身につけろという非効率的なことを推奨したくないからである。
なので実務で応用的な理解を身に着けていくという前提で考えると、応用的な理解をみにつけるための土台となる、「基礎的な論理」を理解できるだけでの力を身に着けることを大学生に推奨しているというわけだ。
たまに大学生はエクセルを勉強して就職に備えろのような言説も聞こえて、一理ある面は確かにあるが、そんなの実務で勝手に覚えるので、大学生には今しか勉強できない or 今やると後々の効率が良くなる 勉強をやって欲しいと思う。
ここまでが前振りで、次からがより抽象的な概念に触れていく本編である。高校で習う科目について述べていく。
数学以外は全部素人だから専門家と意見が割れたら絶対専門家を信じるようにすることだけいっておく。
. 数学
専門なので一番詳しいところ。
特に大事なのが、「数式ネイティブ」となることであると感じている。数式は伝達手段であり、かつ曖昧表現が存在しない、理想的な共通言語である。また、妄想だが、恐らく宇宙人と初コミュニケーションを取る際も、数式をお互いいくつか交換して、数式用の概念を交換するのがよいだろうと考えている。数学は普遍性という点においてその他の学問の追従を許さない科目であり、地球上という制限を受けているのは、10進法の概念位である(そのため私は10進法自体が嫌いであり、可能ならば12進法に今から置き換えるべきだという立場でもある)
話を戻すと、数学は言語なので、早くに勉強した方が圧倒的に効率がいいと考えている。数学研究者でさえ30前に思考のピークが来るという言説があるぐらいなので、大人になってから学ぶのは特に辛い科目の疑いは高い。そのため、後々困る可能性をつぶすためにも、数式の読み方が身につく程度には早めに勉強して欲しいと思う。
ただ、数学がただの解法暗記科目だと思って勉強すると数式の読み方が身につくかどうかは怪しいのと、世の中の教師はだいたい暗記に寄った教え方をしているものだという感覚が漠然とあるので、自分が大事だと思っている内容が必ずしも教えられているわけではないという歯がゆさはある。
例えば数式の読み方の使い方で言うと、数理最適化という数学を実務で使う分野で、PULPというライブラリを用いる手法がある。PULPを利用する際は数式の意味を理解していないとコードの微修正が手が付きづらい。逆に言語としてすらすら扱える人にとっては特に人から習わなくてもスラスラできるという分野である。他にも例はあるだろうが無数に挙げても仕方ないので略
次に数学で大事なのが、論理力である。
A → B , B → C よって、A→C
のような論法が数学に慣れている人は非常に得意となる。
この例だけでもどう誤用がおきるかというと、
質問 Aが成り立っていないかもしれないじゃないか
回答 Aが成り立っているときに何が起こるのか述べているので質問のピントがずれている
質問 A → D かもしれないじゃないか
回答 そりゃそうだけど今話していることとは違う
(あとで物理の項でも1つ例を挙げる)
と、いくらでも誤用が起こりうる。前提と結論の間をつなげる論理力が最も鍛えられるのは数学であろう。
もう一つ、言語化力が着くというものがある
数学が得意な人は数式を自分なりに解釈して頭に収める習慣をみんなつけているんド絵、複雑な事象を言葉で解釈するのが得意な人が多い(ここでいう得意はかなり敷居が高いことには注意)
・物理
物理には大きく2つの面があり、
・現実のモデリング
・モデリングへの解釈
の2つにわけられると考える。
>現実のモデリング
そのままである。現実を数式ベースに置き換える、いいかえるという能力がつけられる。
以下は関連した余談
また、数学が得意だと物理にアプローチしやすいという話は、ここの部分が主だと私は思っている。
例えば、
「空気抵抗がないとしたとき・・・」
という設定において、「空気抵抗はふつうあるんだからこの問題に意味がないのでは?」という質問がされたとしよう。これは先ほど数学の項で話したのと同じで、「いまはそんな話をしていない」ということである。
また、わたしの認識では、物理は既存のモデルの様々な前提(マクスウェル方程式など)について、より一般的な法則へと分解していくことが大きな目標の1つであると考えている。
そのため、前提が変化しうる不安定なものという側面を持っているということでもある。数学は変化しない前提のもとで研究していくものなので、前提が変化しうる曖昧なものである物理は数学とは大きく違っていると考えている。
現に、数学の厳密性が好きだった人は、数学が得意だが物理が苦手だったという人もしばしばみる。数学のパズル性が好きだった人は物理が得意な人が多く、パズル性が好きな人の方が多いので、数学が得意なら物理が得意に一見見えてしまうという事情があるのではないかとも思っている。
>モデリングへの解釈
・一定のモデリングのもとで普遍的な法則を発見、運用
特に語ることもなく、モデリングされた我々の世界での普遍法則を理解し、我々の世界の理解が深められるということだ
・化学
・(物理と同じ)現実のモデリング、一定のモデリングのもとで普遍的な法則を発見、運用
・未知の現象へのアプローチ
>現実のモデリング、一定のモデリングのもとで普遍的な法則を発見、運用
物理とまったく同じ。だから大学からは合流する分野があるのだと思っている
>未知の現象へのアプローチ
全く知らない事柄に対しても、化学反応という考察法を導入することで、何が起きているのかを考察することが出来る。
数学や物理に比べて前提があいまいに思えたのが昔化学が苦手だった理由なのだが、今思うと、未知の現象へのアプローチも肝要となるのが化学であるとすると、前提の制限が少ない方が運用がしやすいので、本質をとらえ損ねていたと感じる。
・地学
物理と生物で説明できる印象なので略
・生物
・生物一般への基礎知識の習得
>生物一般への基礎知識の習得
これしか思いつかなかった。だが、我々も生き物である以上、地球という我々の外部の法則について勉強する科目より、より内面を直接扱う内容であるということもできるだろう。
私見では、化学と融合することでいろいろわかるようになるが、融合するまでのハードルが高いので、基礎知識の習得でほとんどの人は終わるというものである
また、宇宙人とコンタクトを開始してから発達するであろう学問だとも勝手に認識している。良くも悪くも現状は地球の生態系しか扱えていないので、1000年ぐらい(適当)して宇宙船が出来たら今よりhotになるのではないかと妄想をしている。
いわば、生物という学問で本来扱う対象に比べ、現在の人類の開拓領域が狭すぎるとわたしは捉えている。
・英語
・言語一般を学習する力を養う
・コンタクト対象が増える
まんまなので特にいうこともない。が、最近実感していることで、日本語しか扱えないだけで、自分が参加できるマーケットは著しく小さくなるということがある。英語を使えたらマーケットが広がるのではなく、日本語しか使えないとマーケットが極めて限定されるという見方を持つとやる気が起きる対象ではないだろうか
>国語
・読み書きの練習
・論理力
・要約力
・文化の継承
主にこの4つだと考えている
>読み書きの練習
わたしは読み書きは22歳ごろまでに難しいものをきちんとやっておかないと、それ以降難しいものを扱おうとしても扱いきれないと考えている。若いうちに難しい読み書きを練習することは、将来の投資として大事になるというのが試験である
>論理力
数学と同じ
>要約力
リモートワークでslack頻度が高まることもあり、以前より大事になっている力だと感じている。
例えば東大入試の国語は、回答欄が非常に小さく、主張の要約力を問うのに特化していると受験生時代に習った。
国語の記述というとダラダラ長く難しい表現を使うのがいいような印象をそのときまでは持っていたが、「短く平易で要点を伝える」能力を若いときに鍛えるのは確かに大事であると思える。
>文化の継承
日本の文化は日本人が継承しなくては途絶える。そのため、文化の継承として古文や漢文や文学史があるのだろう。日本だけでなく各国で同様に自国の文化継承を試みているとは予想しているので、日本人の担当業務箇所ぐらいに思うのがいいのではないだろうか。
本当はもっと古文や漢文を勉強する意義を書こうと思ったが、詳しく書いても「文化に触れるべきな理由」を述べることになって勉強の意義とは話題がずれるのでやめた。
・地理
地理は日本、地球の勉強ともいえるもので、理系科目で言う数学に相当する、他科目を勉強するための土台となるものだと考えている。正直義務教育の範囲で学んだ地理がやたら細かく学んで全体を学べていない感じで頭にはあまり残っていないが、今なら
・その他の科目を勉強するための基礎
・地球についての一般教養の習得
としてもっとまじめに勉強できる気がする
・歴史
地理が最低限出来ることが前提
・(文化を楽しむための)一般教養
・過去の歴史的な行動の成否を学び今に当てはめる
一般教養は特に触れない
>過去の歴史的な行動の成否を学び今に当てはめる
が本題。
歴史を勉強する意義が最初はわからなかったのでかなり考えたのだが、
昔こんなことやって失敗した国があった→似たようなことやらんよう気をつけよ
昔こんなことやって成功した国があった→いまできるか考えてみよ
のように、成否の事例集と捉えたら意義があるものに思えてきた。
そのため、年号などの丸暗記より、ざっくり、成功したものと失敗したものに様々なイベントを整理できるかが勉強する上で本質的なのではないかと捉えている。
・公民
・社会生活の一般常識
・社会生活の背景
・社会生活の意思決定の指針
上そのまま。ただ経済は数式の扱いが高校までで弱くて、背景も指針も十分教えていないよう見えるので何とかした方がいいと思う
今にして思うと、高校で法令解釈の勉強を一回ぐらいやりたかったとも思う。
・芸術
・芸術に直接触れることでの知見を得る
・普遍的なテクニックの習得
・鑑賞方法の習得
が主に勉強する意義だろうと考えた。ただ、高校までで特に教育を受けた覚えがなく、ほっとくから適当に知見を得てくれ、のような教育しか受けた覚えがない。確かに油絵を描いた経験などは得られたものの、普遍的なテクニックや鑑賞方法の習得が身についておらず、授業で得たことが何も身になってないように思える残念さもある。
漫画ブルーピリオドを読んだときは、普遍的なテクニックが細かく紹介されていて、こんな授業が受けたかったと思えた。
・情報、家庭科
・役立つの明らかにしたいのでパス
以上で科目別の私見を終わる。
さて、試験を眺めて気づいた人もいるだろうが、文章量がわたしの得意分野かどうかに比例している。これが何を指すかというと、勉強した分野とそれ以外については、これだけ知見が違うということだ。
そのため、上の文章を見ただけでも、様々な知見を得て「視野を広げる」ことが高校までの勉強の主な目的であり、また、自分の視野がどのように広がったかを整理することが、自習の本質的な要素であると、伝わるのではないかと思う(個人の感想です)